今月2日(5月2日)に、IRSが、将来の戦略的運営計画(「SOP」Strategic Operation Planの略)を公表し、この計画の中で、税制の執行強化については、税務調査件数の大幅増加を目標にしていることが明らかにされました。
背景としては、2022年8月に、クリーンエネルギーへの投資、財政赤字の削減等を目的とするInflation Reduction Act(「IRA」)が米国議会で可決され、この法律の中で、税制の執行強化による歳入拡大を目的として、IRSに総額800億ドルの追加予算が割り当てられました。具体的には、IRSの近代化によるサービスの向上や税務調査の強化による歳入拡大が主な内容です。その後、2023年6月に、共和党と民主党の財政赤字削減の交渉により、IRSへの追加予算の内、200億ドルが削減されました。それでも継続して予算が削減されてきたIRSにとっては、今回の予算は大幅引き上げとなりました。様々な課題を指摘されてきたIRSにとっては、SOPは大きな改革へのステップとして注目されています。
2日に発表されたSOPでは主に5つの主要な目標が掲げられています。
- 納税者が納税義務を果たし、また、税制優遇を受けられるようにサービスを劇的に改善する。
- 納税者の問題を迅速に解決できるようにする。
- 複雑な税務申告や高額所得者の納税不遵守等のTax Gap(税金未納問題)に対して、集中的に税制執行を強化する。
- 効率的な運営をするために最新テクノロジーを導入する。
- 納税者に質の高いサービスを提供するために優秀で多様性のある人材の勧誘や確保を行う。
上記の主要な目標に向けて様々なエリアで、改善の取り組みを行う予定です。また、SOPでは、高額個人納税者、大企業、大規模且つ複雑なパートナーシップ等の税務調査の強化を目標にしていることも述べられています。
- 高額個人納税者:
1,000万ドル(10ミリオンドル)を超える高額個人納税者に対する税務調査率を2019年度の11%から2026年度には16.5%へ、50%以上引き上げる。
- 法人:
資産額が 2億5千万ドル(250ミリオンドル)を超える法人の税務調査率を2019年度の8.8%から2026年度には22.6%へ、3倍に引き上げる。
- パートナーシップ:
資産額が1千万ドル(10ミリオンドル)を超える大規模且つ複雑なパートナーシップの税務調査率を2019年度の0.1%から2026年度には1%へ、10倍に引き上げる。
なお、40万ドル未満の所得の小規模企業、個人納税者については、税務調査率の引き上げは行わないと、されています。
ただし、今回発表された税務調査の件数増加についての計画ですが、件数の他に、税務調査の「質」の面についても、今後着目して行く必要があるかと思われます。IRSはzero adjustmentという問題を抱えています。Zero adjustmentとは税務調査で、修正や更正金額が無く、ゼロで完了することを意味しています。日本の税務調査では、修正金額や更正金額がゼロで終わることはなかなかありませんが、米国の税務調査では、Zero adjustment が常態化しています。2019年度には、資産が1千万ドルを超える企業の税務調査でZero adjustmentで完了する割合が38%と言われており、この割合は2010年度の28%から増加傾向にあります。この問題の一因には、米国の税制が複雑化され一般の調査官にとって難解になる一方、納税者側はその分、準備やコンプライアンスに注力してきたため、両サイドに格差が広がったことが考えられます。
今回、追加予算を割り当てられたIRSですが、税制の複雑化に伴う調査能力の維持、経験豊富な調査官の世代交代、引き続きひっ迫している米国労働市場での人材確保等、様々な課題を抱えており、その改革は容易ではないと思えます。IRSの改革や税務調査の行方に、今後も注目して行きたいと思います。
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